言われてみればほんとそのとおりですね。
上の句がいかにもやんちゃぼうずなのに、下の句が婆さんじみてます。
別に575の俳句でおわらせても十分だったんじゃないかなあと思います。
まー晋作のことですから、そういう「オレ」と「望東尼」の合作も、「ぜんぜん合わない点」でおもしろかったんじゃないでしょうか。
この句は、高杉晋作の辞世として広く知れていますが、実は違います。
晋作は慶応3年に亡くなっていますが、この句はその前年、慶応2年に詠まれたものです。
まだまだ戦いが続く中で、「面白くもない世の中を面白く生きるにはどうすりゃいいんだ?」と若い晋作は悩んだのだと思います。
高杉晋作は、どう言う訳か暴れん坊だとか豪快なイメージが定着していますが、手紙などを読むと細かな心使いのできるとても繊細な青年でした。
英雄的な話が先行していますが、常に悩みを抱えていたと言えます。
晋作は野村望東尼をとても大事に思っていましたし、野村望東尼もそうでした。
人生の先輩である野村望東尼は、まだ若く繊細な晋作を見て、なんとか励ましたいと言う気持ちがあったのだと思います。
ですから、悩む晋作に「全ては心持ち次第なのですよ」と諭そうとしたのだと思います。
二人の深い愛情と信頼が感じられる、貴重な句だと僕は思います。
「すみなすものは・・・」も高杉晋作が作ったということなら、確かに興ざめな感じもします。
晋作は藩主から長州征伐時の戦いの功で加増されたのを幸い、それを元手に、病気をおして芸者を呼んで飲み騒ごうとしていた、が、体力的に持たずにぶっ倒れて、そのまま病床に伏した、と伝えられています。
そういうキャラの晋作が、「ゴホゴホ(咳)、ちくしょう、まだまだ暴れ足りないぞ!」という思いで前半を詠んだところ、、抹香くさい尼さんに、ピシッと後半の句を付け加えられ、晋作がたしなめられている様子が見えるようで、かえって、いい感じに思えます。おもしろきこともなき世をおもしろく。下方彩純も頑張ります。